2006年7月 8日 (土)

東海道五十三次 藤川宿

060708_02 東海道五十三次の37番目に藤川宿がある。

国道1号線を1本入った道が旧東海道(松並木の写真の道)で、

今でも立派な松の木が立ち並ぶ。

両親の実家がこの辺りだということもあり、帰省の際は必ずこの道を通った。

車の窓から眺める松並木はとても雄大に感じた。

060708_01両親の実家へ行くことはなくなったが、仕事でこの道をよく使う。

この道を通るたびに、両親に連れられて帰省したことを思い出す。

松並木が痩せて見えるようになった。

自分が成長したせいかな?

この立派な松の木がいつまでも立派に立ち並んでいますように。

※松並木の写真ですが、どうしても車から降りられなくてフロントガラス越しに撮ったので、その雄大さを伝え切れません。
申し訳ありませんm(__)m

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2006年6月22日 (木)

大樹寺から岡崎城を望む

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先日、社長と同行して営業に出た。

(正確に言うと、社長が私の同行をしてくれた。)

大樹寺(だいじゅじ)の目の前にある小学校へ行った帰りのこと。

060619_03『○○(私の本名)、この門(写真左)からあの門(総門・小学校の南にある)の向こうを見ると

岡崎城が見るの、知っとるか?』

『えぇ~?マジですか?』

『なに?おまえ、知らんかったんかー?』

そう言われれば、山門(写真左)-小学校の正門-総門まで一直線である。

社長の言われるまま裏門の向こうを見てみると、

『あー!ホントですね~。天守閣が見えます!』

『ほだら~』(“そうだろう~”の三河弁)

へぇ~、今更ながらすごい発見!!

帰宅してネットで調べてみるとやはりその通り書かれていた。

更に調べを進めてみるとこんな文字が、

『厭離穢土 欣求浄土』(えんりえど ごんぐじょうど)

どこかで見たことがある文字だ・・・

そうだ!岡崎警察署の前にある看板に書かれている。

確か、一番上は三つ葉葵が入っていた。

家康公とゆかりのある言葉なのか?

『これはあまりにも有名な話・・・』と言うくだりで記されていた。

家康公が19歳のときに人質先の今川義元が桶狭間の合戦で倒れた。

つまり自身も危険にさらされている。

そこで大樹寺に駆け込み祖先の前で自害しようとしたところ、住職からいただいた言葉が『厭離穢土 欣求浄土』

『戦国乱世を住みよい浄土にするのがお前の役目』と言う意味らしい。

以後、家康公はこの言葉を座右の銘とし泰平の世を創り上げていったのである。

へぇ~、“あまりにも有名な話”なのに知らなかったorz

またひとつ勉強になった(汗)

※写真上段左:大樹寺の山門を境内側から撮った写真。総門まで一直線である。
 写真上段右:総門の向こうに見える岡崎城の天守閣
 写真下段:大樹寺の説明

参考:
大樹寺ホームページ(音楽が流れるページがあります)
http://home1.catvmics.ne.jp/~daijuji/

岡崎城
http://www.city.okazaki.aichi.jp/museum/ka111.htm

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